頑張って貧しくなる日本 海外の現場から見える衝撃
- 茂 鈴木

- 2022年9月13日
- 読了時間: 7分

日本は、どのくらい貧しくなっているのか。このことは、おそらく日本国内で暮らしていると、諸外国との比較が難しい分、あまりピンとこないかもしれない。しかし、国民全体の家計は、年々、厳しくなっていることは間違いない事実ではないだろうか。 1990年代半ばから欧米で過ごしてきた筆者は、日本の経済力が次第に衰えていく様子を、国外の人々の暮らしぶりと照らし合わせながら観察してきた。ヨーロッパを旅する日本人観光客や駐在員らは、当時、町中の至るところに溢れ、ありとあらゆる商業施設や飲食店を賑わしていたものだ。
バブル崩壊前の90年時点では、日本の平均賃金は、英国やフランスよりも高かったのだから当然かもしれない。金遣いのいい日本人は、現地人にとってありがたい存在だった。しかし今では、その光景は、中国人と韓国人に入れ替わった感がある。 ヨーロッパの若者たちは、ソニーやパナソニックがどの国の製品か知らず、トヨタもホンダも高級車という認識ではない。家電製品はサムスン、携帯電話はアップルやファーウェイ、車も起亜やテスラが主流になっている。時代は、ガラリと変わったのである。 それにしてもなぜ、このようなことが起きてしまったのか。その背景を探ってみることにしたい。
ハイワーク・ローリターンになってしまった日本
まず、欧州連合(EU)統計局が発表したEU加盟国の最低月給(2022年上半期)を挙げてみたい。 ルクセンブルクが1707ユーロ(約24万4000円、以下すべて1ユーロ143円換算)ともっとも高く、2位のドイツが1516ユーロ、3位のオランダが1489ユーロ、4位のベルギーが1455ユーロ、5位のフランスが1417ユーロと続く。スペインは、1154ユーロ(約16万5000円)で8番目につけており、東京都の最低月給(約16万円)とほぼ同額だ。
次に、経済紙「エクスパンシオン」が集計した過去20年間(2000年~21年)の年間平均給与の推移を見てみよう。 米国は3万5870ユーロ(約513万円)から5万3229ユーロ(約761万円)まで上昇。フランスは2万6712ユーロから3万9971ユーロ、ドイツは3万4400ユーロから5万2556ユーロまで伸びている。08年に経済恐慌が訪れたスペインも1万7319ユーロ(約248万円)から2万6832ユーロ(384万円)まで伸びている。
ではこの期間、日本では、どのような変化が起きたのか。国税庁「民間給与実態統計調査」によると、日本人の年間平均給与(実質)は、461万円(2000年)から433万円(21年)へと収入が減少している。要するに、欧米では、インフレに直面し続けながらも、年間平均給与が100万から200万円近くまで上がり、下がった国はまず見当たらない。
日本では、インフレどころかデフレが続き、安い商品や食べ物を求めることが普通になっていた。国内で生きる上では心地がいいが、景気はますます後退し、稼ぎが減り、気がつけば他国に太刀打ちできない状態になっていた。 外国人観光客数で世界第2位の都市であるスペイン北東部バルセロナには、2010年頃までは、街中を歩けば、日本人の家族旅行者や大学生と頻繁にすれ違ったり、どの飲食店でも日本人を1人か2人は見かけたりしたものだった。だが、ここ数年、1日の合計で3~4人見れば多いくらいの感覚だ。 スペイン国立統計局(INE)によると、2000年には、日本人約78万人がスペインを訪れていたが、16年には、約58万人まで減少している。もはや、当時のように海外に行くことも、ブランド商品を探し求めることも、断念せざるを得ない状況に追い込まれたのだ。日本では、想像以上のガラパゴス化が進んでしまったと言える。
筆者は、経済大国と称されていた日本が、欧米先進国とは周回遅れになっていく様子を海外の現場から眺めてきた。日本人が欧米人にどんどん追い越されていくような「悔しさ」も感じてきた。 なぜ「悔しさ」なのかと言えば、「生きるために働く」スタイルを徹する欧米人の人生に対し、日本人はその真逆で、まるで「ハイワーク・ローリターン」の悪循環を繰り返しているように見えてならなかったからだ。
諸外国が抱く物価と賃金の感覚
ここからは、消費者の行動について、具体的な現象を探ってみることにしたい。バルセロナの町中で、欧米人やアジア人の旅行者に、過去20年間で何がどう大きく変化したのか尋ねてみた。 市内の目抜き通りを歩く韓国人のミンジュさん(22歳)は、母国で1年半、英語の家庭教師を務めて貯めた資金でパリに留学した。20年前の経済事情は知らないが、母国で働けばヨーロッパで暮らせるという自信を持っていた。
「どこを歩いても韓国人だらけです。ブランドショップには必ずいて、いつも高級品を買っている。若い人たちは、マンネリ化を避けるために海外旅行に出かけます。外国語の問題を除けば、韓国人はすぐにでも外国に行きたいのだと思います」 近年までバブルを経験してきた韓国だが、経済的な余裕があるか否かにかかわらず、若者は国外に出ることに生き甲斐を見出しているという。
筆者も、この10年ほどで、日本人と韓国人の割合がバルセロナでは逆転したように思っている。 市内の大聖堂広場で休憩中だった米ユタ州出身のジョー・ウォーカーさん(59歳)は、過去20年間で年収が約3倍になったと明かす。景気がいいエネルギー業界に勤務していることもあるだろうが、米国での生活は、10年前よりもずっと楽になっていると感じていた。 「米国のインフレ現象は、この数年間で最悪だが、その分、私の場合は給料も大きく上がった。海外旅行も、以前よりも安く感じる。ホテルだけは米国よりもヨーロッパの方が高い印象があるが、レストランは同じくらいの価格。今の生活に不満はない」
17年に日本を旅行したオランダ出身のヘルトさん(53歳)は、「ホテル以外、日本はとにかく安く感じました」と振り返る。オランダでは、過去20年間で、年間平均給与が約2万3000ユーロ(約335万円)上昇している。彼の年収も、約75%増加したという。 「不動産の高騰もあり、給料が良くなっても、生活水準が向上した感覚はありません。でも、この20年間で、生活が苦しくなった感じもありません。海外旅行をしても、高いと思う国は、スイスやルクセンブルクくらいで、あまり不便はないです」
日本人が持つ「デフレ慣れ」の怖さ
これらの発言を聞くにつれ、賃金の上昇とともに欧米人の生活が、少なくとも貧しくなっているようには見えない。それぞれの国に貧富の差は存在するが、低所得者層の貧困感覚も、変化の兆しを見せていた。 バルセロナの市バス運転手を務めるミゲル・マルティネスさん(46歳)は、「経済危機や物価上昇は長らく続きましたが、苦しみながらも生活するための知恵をつけてきました」と話す。「今は、その苦境に慣れ、それよりもマシな生活ができることに満足しています。心理的には安定したのでしょう」と推察した。
欧米の国々では、日々、物価が上昇し続けてきたことから、国民はその不快さとともに生きる知恵を付けてきた。スペイン経済危機(08~14年)の頃は、外食を控えたり、アパートで共同生活を送ったり、車や洋服までもシェアする若者たちがいた。不況とインフレの時代を乗り越え、現在は心理的な安定期を迎えているということなのかもしれない。 これが欧米人の20年だったとすると、日本人には心理的に苦しい側面がある。安いことを当然と考え、高いモノや飲食に対しては不満を感じてしまう。加えて、日本ほど安くて良質な商品が、世界では少ないというのが悲しい事実でもあるだろう。
半日歩いてようやく、バルセロナ大聖堂の前で日本人の家族旅行者を見つけた。現在、ロンドンでIT系の駐在員をしている増渕博之さん(50歳)は、次のような考えを述べていた。 「今は、ロンドンにいるので、こうして家族と旅行ができますが、日本にいたら行きたいと感じないのではないかと思います。日本だと、安くて美味しい昼ご飯がたくさんありますが、ヨーロッパだとサンドイッチと飲み物だけで1200円くらいかかってしまう。安いことに慣れてしまったのでしょうね。日本はこれから大変だと思います」 彼の発言こそが、欧米人と日本人の経済格差や、物価に対する感覚の差を表していると言える。ヨーロッパでの外食は、年々、高くなる一方で、食べたいものも控えようとする心理が筆者にも、日々、働いている。日本の「安くて美味しい」食べ物と比較することを覚えてしまったからからでもあるが、それよりも、「デフレ慣れ」の恐ろしさを実感している。
日本人にとって、安いと思っていた諸外国は、いまや過去の記憶でしかない。今後、海外旅行は、富裕層の特権になってしまうのか。何よりも、欧米社会では、「勤勉で真面目」と称されてきた日本人だったが、今では、その言葉が皮肉にもなりつつある。 世界中のエコノミストや、日本人が期待してきたアベノミクスとは、一体何だったのか。
多くの国々が粛々と経済力を蓄えていく中で、日本人は頑張りながら貧しくなってしまった。このガラパゴス化が、知らずと日本人を苦しめてきた。 筆者の目に明らかなのは、日本人はどの国民よりも仕事が好きで、精密度が高く、質の高いサービスやモノを作り出している。その日本人が理論上、経済的に苦しむことがあってはならないはずだ。日本政府は、国民がまた悠々と日常生活や海外旅行を楽しめるよう、一刻も早く経済の大規模なシステム改革を進めるべきである。
宮下洋一
9/12(月) 6:02


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